飲酒運転事故で娘の命を奪われた母の思い

2009年6月19日

無職 女性 50代

 

あの18年前の朝、あなたは生まれました。

春三月のいぶきを感じるうれしい朝に、とても元気な声で生まれました。

うれしかった。天にものぼるくらい最高にうれしかったです。

小さめでとても元気のいいあなたでした。初めてあなたを抱いた喜びとあの感触をまだ覚えています。口いっぱいお乳をふくんだあのほほのふくらみ、今もはっきりと思い出されます。私の顔を見て、とても嬉しそうに笑っていました。大きな瞳は私を写してくれました。それが時々小さな鏡のようにも思えました。お母さんはうれしかった。生まれた時からずっとあなたの成長がとてもうれしかった。

それが、元旦のめでたき日に、さよならも言えず、いともたやすく永遠の旅へと出かけてしまいました。あの笑顔もない、返事もないあなたを抱いた時、もうこの世には神も何もないと、くやしくてたくさん泣きました。知らずして悲しい遊びに連れ去られたことを、あなた自身も悔やんでいるのだと思っても、お母さんは何をすればよいのかわからず、ただ毎日泣き続けるばかりでした。一目会いたくて、あの声がもう一度聞きたくて、毎日泣きました。そして、あなたに届いて欲しいと手紙を出し続けました。私は飲酒運転の事故で我が子の命を奪われる最悪な現実をみました。事故は何の前触れもなく、また瞬時に起きる恐ろしいものです。あの頃の苦しみは、当初よりは時が経った分、少しは軽くなったものの、亡くした命の修復は永遠にできないものだと思い知らされ、さらに悲しく、くやしく、やりきれないのです。何かの折に、今いたら、あの子はいくつで・・・とすぐ年を数えてしまいます。現実にいない我が子のことを思うと悔しくて・・・私のその気持ちは、いつまでも心の中にあり、ずっと消えることはないでしょう。生身の人間である私達は、いつでも「生と死」と隣り合わせにして生きています。私達はこの世に「生」を受けた日から生きることへ歩き始めます。しかし本来ならずっと生きたであろう命が事件や事故により、死を招くことがあります。どんな死にせよ残された家族にとっては死は辛いものです。命の消える悲しみは同じだというのに、なぜか慰めてくれる言葉では「あれは交通事故だったのだ」という風に使われたりします。不慮の事故によって命を奪われることは誰にでも起きる。どうしようもないことだ。という意味からでしょうが、しかし事故であろうと何だろうと私達にとって、娘の命はかけがえのないもので、あきらめることができないのです。あの事故以来、なにかと敏感になってしまいました。

娘の死後も交通死亡事故は後を絶ちません。交通死亡事故の記事をみるたびに胸が痛みます。残されたご遺族のことを思うと胸が張り裂けそうな思いです。

みなさん私達のような辛い遺族を二度と出さないで下さい。この沖縄から飲酒運転がなくなることを切に願っています。