飲酒運転事故の代償と課題

2009年6月19日

自営業 男性 50代

 

私のアルコール依存症が引き起こした様々な問題行動の中で、今も尚引きずっているのが飲酒運転による事故のことです。

私の運転免許取得は高校3年生の時です。卒業後、就職してから飲酒運転を繰り返していました。しかし、これまでの災難を逃れ飲酒運転をうまく誤魔化してきましたが、ついに私の人生に最大の悲劇が起きたのです。お酒の問題で長年勤めた職場を退職した半年後、大きな人身事故を起こしたのです。衝撃の瞬間、意識を失っていたのか記憶がはっきりしていません。気づいた時、周りは人だかりで、目の前に軽自動車の無残な姿がありました。一瞬「まさか人を殺してしまったのか」とショックで頭は真っ白でした。

その日から地獄のような生活が始まりました。被害者の身体的症状は重く、大腿骨複雑骨折で長期入院になることを告げられました。怪我の症状では今後の仕事への復帰や普通の生活へ戻れるかどうか予想もつかず、被害者の気持ちを考えると想像を絶する苦しみがあったと思います。

私は事故のショックで更に酒の量が増え、様子がおかしいことを心配し、妻が入院させた先が精神病院でした。先生からアルコール依存症と診断されました。6ヵ月が過ぎた頃、被害者の方がやっと退院したものの、直ぐに仕事に復帰できる状態ではなく、自宅からリハビリへ通うことになりました。生活費も厳しい状況の中、被害者の家族から「見舞金の百万円は当然支払うべき」と請求を受けました。酒の止められない惨めな姿で妻に連れられ、その方に会いに行きました。妻は精神科の薬が大量に入っている袋を見せ、「事故の後、主人がこんな状態になり、精神科にかかっています。到底払えません」と懇願したのですが、妻の訴えも空しく「30万円だけでもすぐに払って欲しい」と言われ、泣く泣く了承したのです。

妻はいろんな問題を抱え精神的に不安定になっていきました。何よりも酒で様々な問題を起こしていても、現実と向き合う勇気のない自己中心的な私の暴言や行動に疲れ果て、お互いを傷つけ合う日々が続きました。

妻が「これまで自分の身に降りかかる苦労はどうにか耐えることは出来ても、他人様に辛い思いをさせたことは、本当に居たたまれなかった」と涙ながらの体験談を聞かされたとき、飲酒運転が引き起こした残酷さを一生背負わなければならないと深く反省させられました。

事故後、何年経っても飲酒運転による事故の被害者に対して、許されない過ちを犯した行為に、胸が張り裂けるような苦しみで一杯です。

これがもし、死亡事故であったならば、残された被害者の家族や、私の妻や子供の人生はどうなっていたでしょうか。私は交通刑務所か、現実逃避で酒に溺れ哀れな死を迎えていたでしょう。双方の家族の人生を狂わす飲酒運転事故より悲惨な末路はないと痛感しています。