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沖縄県内暴力団の概要

暴力団の情勢(平成24年3月末現在)

指定暴力団

旭琉曾 約510人


県内暴力団の誕生と変遷

沖縄県の暴力団は、第二次世界大戦後の混乱期から復興の兆しが現れた昭和27年頃、不良者等が集団化したのが始まりで、伝統やしきたり、掟というものはなく、 腕力の強い者がリーダーとなり、そのうち那覇市を活動拠点とする那覇派(約70人)とコザ市(現沖縄市)を活動拠点とするコザ派(約70人)の不良グループが組織化されたものが沖縄県の組織暴力団の起こりとなっている。

昭和47年5月15日、沖縄の本土復帰が決定したことを契機として、数次に渡る対立抗争を繰り返しながら生き残ってきた「那覇派」と「山原派」が、本土暴力団の沖縄進出阻止を目的に大同団結し、昭和45年12月8日「沖縄連合旭琉会」を結成した。

しかし、その後も組織内の争いは絶えず、組織の統廃合を繰り返しながら、昭和51年12月「沖縄旭琉会」、昭和53年9月「二代目旭琉会」、昭和58年5月「三代目旭琉会」へと改称され、構成員1,000人余を擁する県内最大の組織暴力団となったが、 組織運営方針に端を発する確執によって絶縁処分となった理事長が平成2年10月「沖縄旭琉会」を結成し、両団体による一般市民を巻き込むなど希にみる凄惨ないわゆる第六次抗争へと発展した。

平成23年11月27日、第六次抗争時に分裂していた「四代目旭琉会(当時:三代目旭琉会)」と「沖縄旭琉会」が第六次抗争から21年余の歳月を経て一本化し、名称を『旭琉曾』と改称し、現在に至っている。


対立抗争

暴力団は、勢力争いや面子にこだわり、絶えず抗争事件を繰り返す集団であり、県内においても昭和36年9月の第一次抗争事件から平成2年の第六次抗争事件までの間、回数で253回、死者20人、負傷者114人という悲惨な抗争事件が発生している。

特に、第六次抗争では警戒中の警察官2人と、アルバイト中の定時高校生1人がけん銃で殺害されるという痛ましい事件が発生した。

同抗争を受け、警察は徹底した取締りを実施し、首領11人、幹部88人を含む220人の被疑者を検挙・隔離するとともに、延べ522箇所に対する捜索を実施し、けん銃42丁を含む5,452点を押収するなどし抗争を鎮静化させた。


指名手配

現在、抗争警戒中の警察官2人を殺害した犯人 又吉建男(昭和24年10月13日生) を全国指名手配中である。